人材育成・組織マネジメント勉強中のblog

人材育成や組織マネジメント手法について科学的(エビデンス)な知見から記事を書いていこうと思います。


お久しぶりです。

「自分なりの哲学集」シリーズはまた後日書かせて頂きます。


さて、本日は、「人事異動」についてを書きたいと思います。





『人事異動について』


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内容は、「なぜ人事異動があるのか」「人事異動の目的とは?」についてです。


人事異動は、ある程度大きな会社であればあると思います。


希望部署への異動の場合は、万々歳だと思いますが、希望してない部署へ異動だと、「なぜ自分が今、ここに異動なの?」など、不満を覚えることもあると思います。



様々な思いが生じる人事異動ですが、人事異動の目的が分かると少しは納得されるかもしれません。



この記事によって、マネジメントの参考(あまり参考にならないと思いますが…)や、異動に納得していない方の慰めになればと思います。


私が考える人事異動の目的とは…
1.その部署に欠員が出た場合の補填のため
2.部署活性・改革のため(組織マネジメント)
3.職員の成長のため(人材育成)
4.職員の転職(今後の人生)のため

になると思います。




基本的には、会社の利益向上や組織マネジメント向上のためが主だと思いますが、少し、労働者目線でのお話したいと思います。



1.その部署に欠員が出た場合の補填のため

これは、そのままの理由ですね。現在、人材の流動性が高まっていますので、これが目的になっている人事異動が多くなっているのではないでしょうか?


本来、人事異動は、組織活性化や人材育成を目的にしていると思いますので、欠員のための人事異動が多くなってくると、悪循環に陥ることも考えられますし、人事異動の本来の目的を見失う管理者の方も多くなってくることが予測されます。


このため、欠員対策などを行っていく必要があると思います。


欠員の対策は、欠員理由によると思いますが、多くは離職、出産・育児休暇、育児・介護、病欠などだと思います。

このため、離職対策や、育児・介護を行っているスタッフでも働けるシステムや環境作り、病欠(理由はさまざまだと思いますが…)にならないための、職場環境や人間関係作りなどが必要になると思います。


…ここまでは、一般論ですので、次にいきましょう。




2.部署活性・改革のため(組織マネジメント)

…そんな事分かってるって感じになりますね。

例えば、人事異動する部下に、人事異動を伝える場面を想定してみましょう。部下は希望していない部署に異動させられるとしてみて下さい。



上司:「あなたには、〇〇部署に異動してもらいます。」

部下:「え?何で私がですか?しかも今ですか?」

上司:「そうです。」

部下:「…では、理由を教えてください。」

上司:「部署活性・改革を狙っての事です。」

部下:
①「分かりました‼やらせて頂きます‼」
②「…分かりました(上司の言うことだからしょうがないか)。」
③「…分かりました(もう辞めようかな)。」
④「部署活性・改革は会社として必要なのは分かりますが、なぜ私がやらなくてはいけないのですか?」「私は、やりたくありません」。


このようなケースは、だいたい②か③が多いんじゃないかなと思いますが…


上司(④に対して):「あなたは有能なので、会社のためにお願いします。」

部下:「会社の成長と私には、直接的には関係が薄いので、やりたくありません。」

上司:「……(泣)。」



こんな人は、あまりいないと思いますが、こういうケースは少なからず考えてしまうことではないでしょうか?


「人事異動は部署活性・改革のため」


このように一般論程度の理解だと、部下を説得・納得してもらうことは難しいと思います。


では、どのように理解していれば良いのでしょうか?


私も理解度が低いので、皆様の参考になるか分かりませんが、次回に更新したいと思います。





お久しぶりです。


前回からの続きです。


◆◆合わせて読みたい◆◆






さて、私が考える教育とは…まずは先に結論を述べたいと思います。


教育とは、考える事である。


いかがでしょうか?これを考え出した時、結構、腑に落ちました。


まず、ここに行きつくまでのお話をしたいと思います。




まず、「教育」という文字の語源を調べてみました。



教育の「育」は、「育つ(そだつ)」とも読みます。


これは、「巣立つ」からきている説があるみたいです。



「巣立つ」という意味は、「子供が親元から離れ、独立する」という意味みたいです。つまり、「独り立ち」させることになるかなと思います。



次に、教育の「教」ですが、まず、「子」の上の「耂」ですが、旧字体では「敎」と書くみたいです。「子」の上が交差しています。



これは、教育というのは、教育者と被教育者は相互関係にあることを意味しているようです。


なので、「自分の教育係りが悪いから、成績が伸びない」とかいうのは、はやとちりの場合があり、「自分は相手の教育を受け入れる準備を整えていたか?」をまずは顧みる必要もあるかもしれません。




ちょっと脇道にそれました…



教育の「教」は「教える(おしえる)」とも読みます。この「教える(おしえる)」は「をしむ」、「愛しむ」からきている説があるみたいです。




つまり、「愛情を持って接すること」だと説明されています。



ここまでを整理すると、「教育」とは愛情を持って接し、独り立ちさせること」になると思います。




では、「愛情」とは具体的に何ですの?みたいになります。良く分からないので、こういうときは逆の意味から考えます。



「愛情」の逆は?…憎悪?





愛情の逆は「無関心」だと思います。





これは、私の考えではないですが、そう思います。これは有名なマザー・テレサの言葉「愛の反対は憎しみではなく無関心です」から、そう思います。



「無関心」の逆は「関心」ですので、「愛情」とは「関心」という意味があるのではないかと思います。




これは、「好きな人の事」や「子と親の関係」を想像すれば、分かりやすいと思います。


好きな人(愛情の対象)の事については、もちろん関心がありますし、子供(愛情の対象)に対して親も関心があります。



子供の本当の虐待は、身体的・精神的虐待ではなく(もちろん許されない事だと思いますが)、全く関心を示されずに放置され、亡くなる事かもしれません。



身体的・精神的虐待は、親の精神コントロールが未熟なため起こり、関心はあるが、未熟なため、子供及び自分をコントロールできないが故の行動なのかもしれません。




…また道がそれてしまった。



つまり、「愛情」とは「関心」であります。





…「関心?」…「関心って何?」



またまた疑問が出てきましたが、これは今までより、すっと答えが出てきました。



「関心」とは「考える事」です。


好きな人はどういうことを行えば喜んでくれるかを考え、子供にどのように育ってほしい、など、子供の将来の事を考えます。



つまり、「愛情(関心)とは、考える事」だと思います。




ということは、教育とは…

「相手の事を考え、独り立ちさせること」。



では、また次回…





【参考・引用文献】
教育史研究と邦楽作曲の生活:https://blog.goo.ne.jp/sirtakky4170/e/c62ce03d5448011d4f1101d8aeeeb23b
コトバンク:https://kotobank.jp/word/%E5%B7%A3%E7%AB%8B%E3%81%A4-542071
漢字辞典ONLINE.:https://kanji.jitenon.jp/kousei/list.php?data=654e




あけましておめでとうございます。


本年もよろしくお願い致します。



前回からの続きです。






私が考える「教育」とは…を考えていく前に、一般的にはどのように定義されているのかを調べてみました。


文部科学省では以下のように定義されていました。(http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/004/a004_01.htm

“教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。”

※たつとび:尊び


“人格の完成:個人の価値と尊厳との認識に基づき、人間の具えるあらゆる能力を、できる限り、しかも調和的に発展せしめること”(昭和22年文部省訓令)

※具える:生まれつき持っている




ちょっと読みやすくすると、文部科学省が定義する教育とは…

個人の価値と尊厳に基づき、個人の持って生まれた才能をできる限り、調和的に発展させ、真理と正義を愛し、個人の価値を尊重し、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を行うこと。

であると思われます。


今でこそ、「多様性」や「アイデンティ」が席巻していますが、1940年代後半においても、「個人の価値や尊厳」、「人の備える能力の発展」、「個人を尊重する」という考えが、教育の定義となっていることに、改めて驚きました

また「自主的精神に充ちた」というフレーズも好きです。



ちなみに、ウィキペディアでは以下のように定義されています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2


“教育は、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、の両面に、意図的に働きかけることである。教育を受ける人の知識を増やしたり、技能を身につけさせたり、人間性を養ったりしつつ、その人が持つ能力を引き出そうとすることである。”



教育とは、まず望ましい状態にさせるために、意図的に働きかけることみたいですね。



会社としての実りは収益をあげる事が重要な事柄の1つだと思います。




これも私の解釈になりますが…



社内教育というのは、従業員を会社の利益を上げる状態にさせるために、こちらから意図的に働きかける事となりますかね。



次回は、私なりの「教育とは何か?」を記事にしたいと思います。





【参考・引用文献】
文部科学省:http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/004/a004_01.htm
ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E8%82%B2




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